ケンペル著「日本誌」(蘭訳版)
| ID | H-1803 |
|---|---|
| name | ケンペル著「日本誌」(蘭訳版) |
| alternatename | ケンペルチョ「ニホンシ」(ランヤクバン) |
| collection | ケンペル著「日本誌」(蘭訳版) |
| alternatecollection | ケンペルチョ「ニホンシ」(ランヤクバン) |
| Cultural property | 指定:未指定 |
| quantity | 1冊 |
| size | 縦23.00 cm 横38.00 cm |
| material | 原品: 総仔牛革装・紙 |
| authenticity | 実物 |
| era | |
| year | 1729 |
| year | 1729年 |
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| era_3 | AD1729 世紀:18-B 元号: |
| location | |
| description | 厚さ約7cm。 1690年から2年間、オランダ商館付きの医師として出島に滞在したドイツ人エンゲルベルト・ケンペル(1651-1716)は、二度の江戸参府旅行を含む日本滞在中に見聞したことや研究したこと(日本の地理・気候から動植物までの自然と歴史・民俗)、あるいは日本人助手の協力で収集した動植物の標本や出版物・書物・地図等をもとに、「今日の日本」という原稿本を著した。彼の死後に、この原稿などを遺族から購入したイギリスのスローン卿がスイス人医師ショイヒツァーに原稿整理、英訳をさせ1727年に『日本誌』と題して出版、1729年に蘭語訳で出版されたのが本書である。三浦梅園が安永7(1778)年9月25日に長崎のオランダ通詞吉雄幸作宅でこれを見ていることから遅くともこの頃までには日本に入り、この後海外関係に関心を持った多くの知識人・大名たちにも読まれた。本書の付録第6章「今日のように日本国を閉鎖してその国民が国内においても国外においても外国と通商を営むことを許さないことが同国にとって利益ありや否やについての研究」を、元オランダ通詞志築忠雄が1801年に和訳し、「鎖国論」と名づけたことから「鎖国」ということばが生まれた。 |
| Owner | 国立歴史民俗博物館 |
| Rights |