袈裟襷文銅鐸

id
22549026
prefecture
滋賀
name
袈裟襷文銅鐸
size
総高 57.7cm, 総幅 28.6cm, 鐸身高 39.4cm
quantity
1
associated_find
土建業者の機械による採集のため伴出遺物の報告は無く、その有無は不明である。なお、袈裟襷文銅鐸9個は3個づつ入れ子の状態で出土したようである。
temporal_period
弥生時代
temporal_period_secondary
弥生時代
period_category
古代
time_period
era
holding_custodian
滋賀県立琵琶湖文化館
holding_municipality
大津市
holding_address
打出浜1-1
holding_latitude
35.00689
holding_longitude
135.87447
owner
滋賀県教育委員会
owner_municipality
大津市
owner_address
京町4丁目1-1
owner_latitude
35.00425
owner_longitude
135.86861
site_name
小篠原遺跡
site_municipality
滋賀県野洲郡野洲町
site_address
小篠原大岩山
site_latitude
35.06925
site_longitude
136.02698
site_municipality_code
25343
site_overview
野洲平野に臨む丘陵地。かつて明治14年に銅鐸14個が出土した場所とほぼ同一場所と思われる。花崗岩の丘陵で、土質が極めてもろく、山崩れを起こしやすい場所である。明治の発見も砂防工事中における偶然の発見であった。今回も採土作業中に発見されたもので付近に古墳の存在も多いが銅鐸出土の場所は作業前何ら遺跡らしいものは見出されなかった。古代近江の一豪族近乏炎海安国造の本拠と思われる場所である。前述の如く付近に古墳は多いが、顕著な弥生式遺跡は発見されていない。
excavator
発掘者、土建業者の偶然の発見 爾後の調査、梅原末治、水野正好、西田弘著
bibliography
水野正好 滋賀県野洲郡野洲町小篠原 銅鐸埋蔵調査報告 昭37、考古学協会発表要旨 梅原末治 銅鐸巧 考古学雑誌48-3
current_condition
鐸身は縦3条横2条の太線による6区劃袈裟襷文、下辺横帯は鋸歯文帯の下に4条の太線による横線が施されている。鰭部は鋸歯文帯であるが他の鐸の様にそれがそのまま鈕の外縁にのびるのでなく。鈕部はこれに続く鋸歯文が幅広くなり鰭部と区別されている。鈕の鋸歯文は一帯でその内側に綾杉文帯、更に弧状文帯とつづいている。耳は鰭部に6個、鈕部に3個ある。型持孔は鐸身側面は方孔、上面は円孔である。鐸身の下部は一部欠失している。
description
主カード参照のこと
designation_status
滋賀県指定
iiif_manifest
thumbnail
input_note
画像3枚目に画像なし 主カード=画像№22549000_03参照(滋賀21~30)
surveyor
西田弘
survey_date
昭和50年2月10日
Rights
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