英国人宣教師ジョン・バチラーの妻ルイザの写真
| ID | F-433 |
|---|---|
| 資料名 | 英国人宣教師ジョン・バチラーの妻ルイザの写真 |
| 資料名カナ | エイコクジンセンキョウシジョンバチラーノツマルイザノシャシン |
| コレクション名 | 英国人宣教師ジョン・バチラーの妻ルイザの写真 |
| コレクション名カナ | エイコクジンセンキョウシジョンバチラーノツマルイザノシャシン |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 1枚 |
| 大きさ | 縦17.00 cm 横11.00 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | |
| 西暦年 | 0 |
| 西暦年 | |
| 元号 | |
| 年代表記 | AD 世紀:19-D 〜 20 |
| 地理情報 | 北海道 |
| 説明 | 台紙裏に「英国夫人 ジョン・バチラー氏ノ御妻人」とある。撮影年、撮影者、撮影場所は不詳。台紙に「S.Shiina Sapporo Japan」とある。ジョン・バチラー(バチェラー、バッチラーなどども記されてきた。John Batchelor 1854~1944年) は英国国教会の宣教師で、明治初期に来日し、明治10(1877)年から約60年にわたり北海道に居住しアイヌ文化の研究のほか、妻のルイザとともに、アイヌ民族に対するキリスト教の布教、社会事業や教育活動に従事したことで知られている。バチラーは、1895年に平取町に平取聖公会を開いてキリスト教の伝道を行うなど、寄贈申込者の居住地域と深い関係を有する人物である。『我が記憶をたどりて:ジョン・バチラー自叙伝』(1928年刊)に妻ルイザの写真が掲載されているが、それよりも早い時代の撮影と見られる。バチラー夫妻の養女として育てられたアイヌ民族出身の八重子によれば、キリスト教の伝道に対する姿勢は妻ルイザのほうが夫よりも熱心であったと伝えられ、本資料は、アイヌ民族に対する教育・福祉活動による近代のアイヌ文化の変容について考察する際の研究資料となるものである。 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |