島津斉彬書簡 伊達宗城宛(幸便ニ付一翰致拝呈云々)

ID
H-1316-15-4-4
資料名
島津斉彬書簡 伊達宗城宛(幸便ニ付一翰致拝呈云々)
資料名カナ
コレクション名
大久保家資料
コレクション名カナ
オオクボケシリョウ
文化財指定
指定:重要文化財
点数
1点
大きさ
縦15.80 cm 横233.40 cm
材質
原品: 紙
実物か複製か
実物
時代
江戸時代
西暦年
1858
西暦年 1858年
元号
安政
年代表記
AD1858 世紀:19-C 時代:江戸時代 元号:安政 - 05 年
地理情報
説明
目録37頁・129頁年月日6・11 差出人斉彬 宛先天下柱石藍山公閣下(藍山賢公閣下)巻178・封筒入り  越前よりの書面達す。天下の御為、御尽力第一。大老権威強大。越前も余り手強では、大害を生ず。仮条約京都不満なれば、相済まず。近衛公より大阪近海へ異船渡来の節は、防御願うと仰せ下さる。仮条約の事、姑息にては掛念至極。 /  島津斉彬は、重豪の曾孫にあたる薩摩藩主。藩内で富国強兵策を実施したほか、西郷隆盛らを登用し、松平春嶽・伊達宗城・山内容堂らと組んで一橋慶喜を将軍に擁立しようとした。宇和島藩主伊達宗城は藍山と号した。朝顔の絵が刷られた封筒は、「此封紙鍋しま隠居より到来ニ而候」と記されていることから、前佐賀藩主鍋島閑叟(直正)に贈られたものだったことがわかる。「大老上客権威強大之由」「…橋公之事難被行筈…」「仮条約之義御治定之上…」「西養之義紀ニ…」云々などとあり、4月に就任した大老井伊直弼、6月19日に調印される日米修好通商条約、6月25日紀州慶福(家茂)に決定されることになる将軍継嗣問題について言及。この書簡は、6月18日に鹿児島を出立し江戸へ向かった西郷隆盛に託されたものの1通と思われる。9月には安政の大獄が始まるが、斉彬は7月16日に病死していた。※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録8頁(第1章)「伊達宗城宛島津斉彬書簡」   即日閲覧:モノクロ画像8コマ
所蔵
国立歴史民俗博物館
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