大久保利通書簡 重野安繹宛(過刻御談申上候末松謙澄云々)
| ID | H-1316-2-5-9 |
|---|---|
| 資料名 | 大久保利通書簡 重野安繹宛(過刻御談申上候末松謙澄云々) |
| 資料名カナ | |
| コレクション名 | 大久保家資料 |
| コレクション名カナ | オオクボケシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1点 |
| 大きさ | 縦17.30 cm 横92.00 cm |
| 材質 | 原品: 紙ほか |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 明治時代 |
| 西暦年 | 1878 |
| 西暦年 | 1878年 |
| 元号 | 明治 |
| 年代表記 | AD1878 世紀:19-D 時代:明治時代 元号:明治 - 11 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 目録12頁 年月日 (明治11)2・6 差出人 (大久保)利通 宛先 重野(安繹)殿 巻29・封筒入り 掲載刊本 「大久保利通文書」9-1621・「鹿児島県史料 大久保利通史料一」211 「末松謙澄修史学研究之事、伊藤参議江相談候処、同人なれハ適任と存候付、至極同意ニ候」云々とある。伊藤博文の知遇により官界に入った末松謙澄(けんちょう)は、この年2月10日、横浜を出港、公使館一等書記生見習としてイギリスに渡り、ケンブリッジ大学で文学・法学を学ぶこととなったが、この書簡はそのことを言っている。修史館一等編修官をつとめていた重野は薩摩藩士出身の漢学者・歴史学者で、大久保の長男利和夫人の養父でもあった。 ※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録101頁(第7章 家庭にて)「明治11年2月6日付重野安繹宛大久保利通書簡」 即日閲覧:モノクロ画像4コマ、カラー画像3カット |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |