岩下方平書簡 大久保利通・西郷隆盛宛(軍艦之儀種々云々)
| ID | H-1316-23-4-8 |
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| 資料名 | 岩下方平書簡 大久保利通・西郷隆盛宛(軍艦之儀種々云々) |
| 資料名カナ | |
| コレクション名 | 大久保家資料 |
| コレクション名カナ | オオクボケシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1点 |
| 大きさ | 縦16.00 cm 横105.30 cm |
| 材質 | 原品: 紙ほか |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 西暦年 | 1868 |
| 西暦年 | 1868年 |
| 元号 | 慶応 |
| 年代表記 | AD1868 世紀:19-C 時代:江戸時代 元号:慶応 - 04 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 目録40頁・132頁年月日(慶応4)正・29 差出人 岩下佐次右衛門 宛先 西郷吉之助様・大久保一蔵様 巻204(裏打ち) 軍艦の儀、よき売物なき処、中原猶介別紙の通に付、早々御手を附けられたし。厚鉄船の儀は六かし。備前御処置延び、公私不平。伊藤、寺嶋ら困却。 / 「軍艦之儀種々手ヲ尽候得共能売物無之」「厚鉄船之儀ハ五代ノ説も有之候得共多分六ケ敷」などとあるのは、新政府軍の輸送のため軍艦を購入しようとしたものの良い売り物がなかったこと、幕府がアメリカに注文した甲鉄艦(ストーンウォール号)は新政府側には引き渡されないことを伝えたもの。岩下方平(1827~1900、佐次右衛門)は西郷・大久保と同じ鹿児島加治屋町の出身で誠忠組以来の同志で、側用人・家老などをつとめ、この時は新政府の参与・外国事務掛となっていた。五代友厚も外国事務掛。英仏米蘭普伊の6か国公使が戊辰戦争に対する局外中立を宣言したのは1月25日だった。最後のほうには「徳川より大兵押出駿府ヲ固候風説有之候由」とあり、江戸の旧幕府方の反撃が警戒されていたようすがうかがえる。※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録44頁(第3章)「慶応4年1月29日付大久保利通・西郷隆盛・大久保利通宛岩下方平書簡」 即日閲覧:モノクロ画像3コマ |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |