井上馨書簡 大久保利通宛(過刻粗御相談申上云々)
| ID | H-1316-36-16 |
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| 資料名 | 井上馨書簡 大久保利通宛(過刻粗御相談申上云々) |
| 資料名カナ | |
| コレクション名 | 大久保家資料 |
| コレクション名カナ | オオクボケシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1点 |
| 大きさ | 縦18.00 cm 横218.00 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 明治時代 |
| 西暦年 | 1871 |
| 西暦年 | 1871年 |
| 元号 | 明治 |
| 年代表記 | AD1871 世紀:19-C 時代:明治時代 元号:明治 - 04 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 目録55頁 年月日 (明治4)7・23 差出人 井上民部大輔 宛先 大久保大蔵卿殿 掲載刊本 「大久保利通関係文書」22-4 「過刻粗御相談申上候民蔵合併一件ニ付」云々と書き始められる。発足以来、内政・財政に大きな権限を有した民部省と大蔵省は、政府内の急進的開明派と漸進的保守派との対立を反映し、合併・分離を繰り返したが、4年7月14日廃藩置県が断行、体制が一新され、民部省は7月27日に廃止となり、大久保が大蔵卿に就任した。民部大輔だった井上馨は大蔵大輔となったが、この書簡はその直前のもので、「民蔵合併一件」についての内容である。もともと大久保は漸進派、井上は急進派だったが、この時の合併について対立は生じなかった。 ※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録55頁(第3章 維新官僚として)「明治4年7月23日付大久保利通宛井上馨書簡」 即日閲覧:モノクロ画像9コマ |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |