大久保利通書簡 西郷隆盛宛(此節兄御渡海云々)
| ID | H-1316-4-1-1 |
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| 資料名 | 大久保利通書簡 西郷隆盛宛(此節兄御渡海云々) |
| 資料名カナ | |
| コレクション名 | 大久保家資料 |
| コレクション名カナ | オオクボケシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1点 |
| 大きさ | 縦16.10 cm 横189.50 cm |
| 材質 | 原品: 紙ほか |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 西暦年 | 1858 |
| 西暦年 | 1858年 |
| 元号 | 安政 |
| 年代表記 | AD1858 世紀:19-C 時代:江戸時代 元号:安政 - 05 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 目録6頁 年月日 午・臘・29(安政5) 差出 利済百拝 宛先 菊地尊兄 巻2 掲載刊本 「大久保利通文書」1-5・「鹿児島県史料 大久保利通史料一」5 「此節兄御渡海ニ付而、盟中之人心望を失候義不一方候得共、何れ時処位之定見無之候而は大事難成就」云々と書き始められる。安政の大獄により西郷隆盛が奄美大島で蟄居させられることになった際、同志たちの今後の方針について8箇条にわたり質問したもの。山川港で潮待ちしていた西郷にもとに伊地知正治が持参した。末尾に、「御滞島中」には健康を留意するように記している。なお、差出人の名は「利済」、宛て名は「菊池尊兄」となっているが、利済は利通の旧名、菊池源吾は西郷の変名である。 ※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録16頁(第2章 藩士・志士・策士の顔)「安政5年12月29日付西郷隆盛宛大久保利通書簡」、『歴博』(2015.9Vol.192)24頁図1 即日閲覧:モノクロ画像6コマ、カラー画像有 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |