西郷隆盛書簡 大久保利通宛(大義之一挙に付云々)
| ID | H-1316-4-1-2 |
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| 資料名 | 西郷隆盛書簡 大久保利通宛(大義之一挙に付云々) |
| 資料名カナ | |
| コレクション名 | 大久保家資料 |
| コレクション名カナ | オオクボケシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1点 |
| 大きさ | 縦16.10 cm 横227.50 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 西暦年 | 1859 |
| 西暦年 | 1859年 |
| 元号 | 安政 |
| 年代表記 | AD1859 世紀:19-C 時代:江戸時代 元号:安政 - 06 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 年月日 (安政6)正・2 差出人 源吾拝 宛先 正助様 巻2 掲載刊本 「大久保利通関係文書」84-1 前年12月29日付の大久保からの書簡に対する返事であり、渡島する前に山川港で書いたもの。「大義の一挙に付御策問の趣幾度も承知仕候共、小生儀土中の死骨にて武運に拙く殊に大義を後にいたし端島に身を逃候儀、譬へば破軍の降卒にて」云々と書き起こされる。島流しとなった自分はもうダメだとしつつ、問い合わせ事項について6箇条にわたり応答している。連携すべき諸藩の有志として武田耕雲斎・橋本左内らの名前をあげているが、同志たちの「突出」すなわち藩外へ飛び出しての勤王活動に対しては、軽挙妄動を押しとどめる内容だった。 ※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録17頁(第2章 藩士・志士・策士の顔)「安政6年1月2日付大久保利通宛西郷隆盛書簡」 即日閲覧:モノクロ画像8コマ、カラー画像有 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |