新国劇辻番付 義人国定忠次
| ID | H-1419-106 |
|---|---|
| 資料名 | 新国劇辻番付 義人国定忠次 |
| 資料名カナ | シンコクゲキツジバンヅケ ギジンクニサダチュウジ |
| コレクション名 | 国定忠治関係資料 |
| コレクション名カナ | クニサダチュウジカンケイシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 1枚 |
| 大きさ | 縦43.30 cm 横63.50 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 大正 |
| 西暦年 | 1919 |
| 西暦年 | 1919年 |
| 元号 | 大正 |
| 年代表記 | AD1919 世紀:20-A 時代:大正 元号:大正 - 08 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 「新国劇御名残狂言」 義人国定忠次 行友李風(ゆきともりふう)作 五幕 澤田正二郎主演 大正八年八月廿八日より毎日二回開演 新京極明治座 新国劇が国定忠治を舞台にかけたのは、大正八年(1919)八月の京都明治座で、このときは「義人国定忠次」というタイトルであった。義人国定忠治のイメージはこのときからついたといえる。特に評判を取ったのは、殺陣(たて)師段平こと元二代目市川段四郎がつけた殺陣で、所狭しと駆け、跳び、切り結ぶスピードある舞台は観客の度肝を抜いた。殺陣をタテと読ませたのは新国劇がはじまりである。そのめまぐるしいほどの動きのなかに行友李風の簡潔なセリフが緊張感をつくり、観客は手に汗を握った。 特に人気を得たのは決定的ともいうべき忠治の型となった「赤城天神山不動の森」の場と、「信州権堂の山形屋」の場であった。 ※企画展「民衆文化とつくられたヒーロー」(2004.3)図録112頁-249(つくられたヒーローたちとメディア 新国劇の舞台) |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |