豊沢村・浅草修験人別改帳
| ID | H-1585-3 |
|---|---|
| 資料名 | 豊沢村・浅草修験人別改帳 |
| 資料名カナ | トヨサワムラ・アサクサシュゲンニンベツアラタメチョウ |
| コレクション名 | 江戸大久保大聖院文書 |
| コレクション名カナ | エドオオクボダイショウインモンジョ |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 2冊 |
| 大きさ | 縦25.00 cm 横17.20 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 西暦年 | 1852 |
| 西暦年 | 1852年 |
| 元号 | 嘉永 |
| 年代表記 | AD1852 世紀:19-C 時代:江戸時代 元号:嘉永 - 05 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 嘉永5(1852)年・安政5(1858)年 江戸時代において、宗教者の統制は都市政策の課題の一つであった。天保改革の中で、天保13(1842)年12月には、修験などが浅草・豊沢村(現東京都渋谷区)・雑司ヶ谷に移住させられることとなる。本史料は、大乗院触頭の大久保(現東京都新宿区)の大聖院が、この豊沢村・浅草の「被下地」にあった修験人数を書き上げ、勘定奉行所に提出したものの控である。計27ケ寺で、嘉永5(1852)年分は修験37人・男11人・女46人の計94人、安政5(1858)年分は修験31人・男17人・女55人の計108人となっている。「秋葉社御用日記」(H-1585-1)と併せ、江戸の寺院の機能を知ることができる。また天保改革や、都市政策の史料として、そしてこの政策が幕末まで実効力を持っていたということが初めて明らかとなった点で貴重な史料である。 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |