西村天囚京都石薬師有待軒記

ID
H-1596-63
資料名
西村天囚京都石薬師有待軒記
資料名カナ
ニシムラテンシュウキョウトイシヤクシユウタイケンキ
コレクション名
大久保利通関係資料
コレクション名カナ
オオクボトシミチカンケイシリョウ
文化財指定
指定:未指定
点数
1点
大きさ
縦32.10 cm 横95.30 cm
材質
原品: 紙ほか
実物か複製か
実物
時代
大正
西暦年
1917
西暦年 1917年
元号
大正
年代表記
AD1917 世紀:20-A 時代:大正 元号:大正 - 06 年
地理情報
説明
旧番号64  軸装 最大幅33.9cm  「有待庵記」   大正6年5月 有待庵は、他人の所有になっていた慶応年間に大久保が居を構えた京都の家を大正4年(1915)になって息子利武が買い取り、命名した茶室のこと。京都市上京区石薬師通寺町東入にあったが、現在は「大久保利通旧邸」(1927年京都市教育会建立)の石碑のみが立つ。慶応4年(1868)6月まで大久保が住み、出入りした志士たちの密談にも使用され、隣家は品川弥二郎ら長州藩士の隠れ家となっていた。そのような由来を漢文で記したもの。撰者の西村時彦(天囚、1865~1924)は鹿児島県出身のジャーナリストで、島津家臨時編輯所編纂長や文部省御用掛もつとめた。   ※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録31頁(第2章 藩士・志士・策士の顔)「西村時彦記「有待軒記」」   即日閲覧:カラー画像2カット
所蔵
国立歴史民俗博物館
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