島津久光書
| ID | H-1596-73 |
|---|---|
| 資料名 | 島津久光書 |
| 資料名カナ | シマヅヒサミツショ |
| コレクション名 | 大久保利通関係資料 |
| コレクション名カナ | オオクボトシミチカンケイシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1点 |
| 大きさ | 縦29.00 cm 横1464.00 cm |
| 材質 | 原品: 紙ほか |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 明治時代 |
| 西暦年 | 1881 |
| 西暦年 | 1881年 |
| 元号 | 明治 |
| 年代表記 | AD1881 世紀:19-D 時代:明治時代 元号:明治 - 14 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 旧番号100 軸装 最大幅30.0cm 「王政復古明治年一時皇威」云々で始まる長いもの。末尾には「玩古道人無志翁」の署名がある。島津久光(1817~87)は斉彬の異母弟であり、息子忠義(ただよし)が斉彬の跡を継ぎ藩主となったため、その後見「国父」として藩政の実権を握り、公武合体運動を進めた。維新後は、新政府の開明政策に不満を抱き続け、かつて取り立てた大久保とも不仲となっていった。征韓論政変後、左大臣として政府に入ったものの8年(1875)10月に辞した。大久保は翌年4月、鹿児島へ帰る久光に暇乞いに赴いたが面会を許されなかった。幕末以来嫌悪されていた西郷ほどではないとしても、大久保も久光とは微妙な関係だった。この書が直接もらったものなのか、そうでないのかはわからない。 ※企画展「大久保利通とその時代」(2015.10)図録9頁(第1章 薩摩で育まれたもの)「島津久光書軸」 即日閲覧:カラー画像28カット |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |