(平田篤胤書翰 銕胤宛)
| ID | H-1615-3-6-2-3 |
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| 資料名 | (平田篤胤書翰 銕胤宛) |
| 資料名カナ | |
| コレクション名 | 平田篤胤関係資料 |
| コレクション名カナ | ヒラタアツタネカンケイシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 1通 |
| 大きさ | 縦14.90 cm 横637.00 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 西暦年 | 1842 |
| 西暦年 | 1842年 |
| 元号 | 天保 |
| 年代表記 | AD1842 世紀:19-B 時代:江戸時代 元号:天保 - 13 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 目録81頁6-2-3 年月日:天保13年寅 正月16日 差出:大角(篤胤) 宛先:内蔵介(銕胤) 『平田篤胤研究』書簡篇634~646頁、予の医薬がたいへん評判であること「此方にて大角より、内蔵介及延太郎出仕願をさし出し置キ、御上りの上にて、両人を江戸にて出仕可被仰付との事に候(中略)、出仕すみ候へば、また四人御扶持相増候事に付、但シ、御給金はいさゝか成ベシ」、「(正月)五日に御城より、直に年始相勤メ、後家老御番頭其外もよりより三百十軒をまわり」、「上野より御免願などを御差出し被下候はば」と、赦免・江戸帰還の実現を期待している、大扶桑国考絶板の一件の真の理由を探索するように指示している、「玉だすき六七の二巻、即今度遣はし候、早々返し給ふべし」、「旧事記疑問は先日相届キ候」とあり、五十音義訣を早く送付するように依頼、「(正月)十七日は梅津君ににて発会也、正治が内は狭ク、カツ大身衆の来ルニ不便利ナレバ也、古史伝を開闢よりと云ことナレド、本ナキ故に、何にしよふかと今刻まで心定まらず、赤県太古伝か玉の真はしらに、諸道をまじへ説かむかと存候(以下略) 即日閲覧:モノクロ画像20コマ |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |