佐倉旅団本部(平面図)
| ID | H-1749-6 |
|---|---|
| 資料名 | 佐倉旅団本部(平面図) |
| 資料名カナ | サクラリョダンホンブ(ヘイメンズ) |
| コレクション名 | 佐倉連隊建築関係資料 |
| コレクション名カナ | サクラレンタイケンチクカンケイシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 1枚 |
| 大きさ | 縦24.00 cm 横32.00 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 明治時代 |
| 西暦年 | 0 |
| 西暦年 | |
| 元号 | 明治 |
| 年代表記 | AD 世紀:19 時代:明治時代 元号:明治 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 墨書。 そもそも旅団とは、師団と連隊との中間に位置する陸軍の編成単位であり、歩兵旅団、騎兵旅団、砲兵旅団と称したように、単一兵種では最大の単位であった。佐倉にあったのは、歩兵第二連隊(佐倉)と歩兵第三連隊(東京)を麾下(きか)に置いた歩兵第二旅団本部であり、1885(明治18)年に新築されることになったその建物の図面が本資料である。場所は、歩兵第二連隊の兵舎とは少し離れた、練兵場の一隅であり、1889(明治22)年発行の石版鳥瞰図「佐倉兵舎及び旅団本部之図」では別枠に描かれている。この平面図からは、一階に玄関、将校食堂、宿泊所、会計部、文庫、倉庫、二階に旅団長や参謀官の部屋、後備軍司令部、会議所なとがあったことがわかる。なお旅団本部が佐倉にあった期間は短く、日清戦争の頃にはすでに東京へ移転、その後佐倉連隊区司令部(連隊とは全く別の徴兵を担当する機関)として使用されたが、1930(昭和5)年三月二五日の火災で焼失した。 兵舎/千葉県/建築/間取図 ※掲載:『歴博』162号(2010.9)歴史の証人-「これからの出番を待つ佐倉連隊関係資料」 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |