壬申日記 廿五年

ID
H-1824-1-28
資料名
壬申日記 廿五年
資料名カナ
コレクション名
三村竹清関係資料
コレクション名カナ
ミムラチクセイカンケイシリョウ
文化財指定
指定:未指定
点数
1冊
大きさ
縦12.60 cm 横17.20 cm
材質
原品: 紙
実物か複製か
実物
時代
明治時代
西暦年
1892
西暦年 1892年
元号
明治
年代表記
AD1892 世紀:19-D- 時代:明治時代 元号:明治 - 25 年
地理情報
説明
明治25年1月1日~12月31日、横半冊   作成:賞雨樓主   「明治二十六年宮内省の正倉院御物整理掛が開設され当時の皇太皇后大夫子爵杉孫七郎氏が掛長となられ、堀博氏、稲生真履氏なんといふ人が掛員となり、一方技術者としては金工田村宗吉氏、経師勝矢久次郎氏と私と唯の三人でした。広い赤阪離宮の内の一室で始められましたので、其年の十一月と存じます。杉子爵以下一同白衣を着して、大きな福番を持って破片のより分けからやったのです。この時分、杉子爵の狂歌に「木内半田村宗吉仲をよく朝夕かけて勝矢つとめよ」といふのがありました。引き続き、画家岡田貫業、金工金阪一到、加藤国清、池田五三郎、木工佐藤吉五郎、経師安部広助、研師石川周八、鞘師保坂喜一郎、挽き物師海津大助、柄巻師某等は主なる人と記憶して居ります。後には掛員も技術員も数を増して、二十余人も居たときもありました。場所も赤阪より青山御所の内に移り、最後に麹町三年町の御料地内、工部大学跡に移り、明治三十八年の末に閉鎖となりました。整理掛では、種種の御物の整理が出来ます内に、私は木材の御厨子、筥の御修理から、木彫、木画、螺鈿、鼈甲、象牙、撥鏤 などの修理をいたしました。」
所蔵
国立歴史民俗博物館
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