名高百勇伝 朝夷義秀

ID
H-22-1-7-35
資料名
名高百勇伝 朝夷義秀
資料名カナ
コレクション名
錦絵コレクション
コレクション名カナ
ニシキエコレクション
文化財指定
指定:未指定
点数
1枚
大きさ
縦35.30 cm 横24.50 cm
材質
原品: 紙
実物か複製か
実物
時代
江戸時代
西暦年
1843
西暦年 1843年
元号
天保
年代表記
AD1843 世紀:19-B 時代:江戸時代 元号:天保 - 14 年
地理情報
説明
大判 縦 錦絵  改印:村   画工:歌川国芳 一勇斎国芳画  版元:和泉屋市兵衛   時代:天保14年~弘化4年 1843~ 1847   主題内容:武者絵・歴史画 源平時代  人名その他:朝比奈義秀(朝比奈三郎 小林朝比奈)  金棒 鎧の草摺  ※「和田義盛の三男にて母は木曽義仲の妾たりし巴御前也 鎌倉の朝夷に第宅を構ふ 依て朝夷三郎と称す 其勇猛絶倫にして最忠良の廉士也 或日将軍頼家卿小壷の浦に遊猟の時 朝夷一人ン海中に入て大なる鰐鮫を手捕にす 其后和田合戦の砌義秀一臂の力を以御所の銕門を押破り敵を討事数を知らず 其時足利義氏に出合て戦ふに義氏叶はすして逃走の川を向ふへ越んとす 義秀は追携りて鎧の草摺をかい掴み引留に 義氏は一生懸命馬を蹴付て飛越す却行に 草摺は根よりふっつと切て朝夷が手に留りける 其恠力凡てかくの如し 斯て此軍果て義秀は残る勢五百を従へ房州へ度り了にその行末をしらす 説には夫より多くの嶋々を巡り後には対馬へわたりて高麗国へ赴きしといふ」 
所蔵
国立歴史民俗博物館
権利表示