日本万歳 百撰百笑 石橋の死狂言

ID
H-22-3-256-30
資料名
日本万歳 百撰百笑 石橋の死狂言
資料名カナ
「ニホンバンザイヒャクセンヒャクショウ」シャクキョウノシキョウゲン
コレクション名
錦絵コレクション
コレクション名カナ
ニシキエコレクション
文化財指定
指定:未指定
点数
1枚
大きさ
縦37.30 cm 横25.00 cm
材質
原品: 和紙
実物か複製か
実物
時代
明治時代
西暦年
1904
西暦年 1904年
元号
明治
年代表記
AD1904 世紀:20-A 時代:明治時代 元号:明治 - 37 年
地理情報
説明
大判 縦 1枚 錦絵   画工:小林清親 印―小林清親  版元:松木平吉 日本橋区吉川町二番地   時代:明治37年10月1日印刷 同年同月6日発行   主題内容:風刺画 日露戦争  ※日本万歳 百撰百笑 石橋の死狂言 骨川道人 猿でさへも芝居をするし、犬でさへも相撲を取るから、況して人間と生れて、殊に戦争の大活劇と来て、世界の大舞台へ飛出したからには、先づ敵陣へ跳り込むとか敵兵を手玉に取るとは、種々武芸があるべき筈たのに、露国の軍人はみな度胸ツ骨のない腰抜けや、手も足も出ない木偶の坊ばかりだから、武芸と来たら例の無鉄砲に盆槍に大法螺を吹くのが十八番で、其他の芸と云たら、転手固舞に危険(あぶない)綱渡りだと思ツて居たら、今度は又大石橋の怪面踊りといふ、死狂言を遣つたきりだ、ソコで石橋といふものは総て能掛りで、頭に冠ツた長い毛を振廻すものだのに、彼奴は例の大負け続きで迚も人間並に頭をあげる事が出来ない処から、たゞ無茶苦茶に目を廻すばかりで、其間ぬけさ加減と云たら、実に見られた態ぢやア無かつたが、其とき余まり目を廻し過たのでとうとう打倒れて死末たさうだ「夫やアさうだらう、どうせ彼奴等は死人もの愚類だから
所蔵
国立歴史民俗博物館
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