黒綸子地斜取り桜樹模様絞縫小袖

ID
H-35-49
資料名
黒綸子地斜取り桜樹模様絞縫小袖
資料名カナ
クロリンズジナナメドリオウジュモヨウシボリヌイコソデ
コレクション名
野村正治郎衣裳コレクション
コレクション名カナ
ノムラショウジロウイショウコレクション
文化財指定
指定:未指定
点数
1隻
大きさ
縦141.00 cm 横100.00 cm
材質
原品: 絹地ほか 
実物か複製か
実物
時代
江戸時代
西暦年
0
西暦年
元号
年代表記
AD 時代:江戸時代
地理情報
説明
(小袖屏風)図録『近世きもの万華鏡-小袖屏風展』76頁36図 江戸中期 【桜】 この一風変わった図様は、山裾に咲き乱れる桜を意匠化したもの。山容は、鹿子絞、刺繍は桜にのみ用いられている。単体で見ると、1本の樹木に花をひとつ戴くこのパターンは滑稽にさえみえるが、全体として眺めると小気味良いまとまりをみせている。ところで、平安前期には、中国伝来の梅も各地に広まり、外来の種という風趣は薄れ従来のように珍重されなくなっていった。平城・嵯峨両朝(806~23)には、早春(陰暦一月頃)の梅の詩宴に加え晩春に桜の宴が催されるようになり、ひとたび桜の宴が起こると形勢は逆転する。寒さ厳しい梅の宴に対し、麗らかな気候のもとでの桜の宴は次第に一般にも普及、近世になると桜は庶民一般の花としての側面を強くし一層の人気を博するようになり、色々な文様に採用されてはいたが、装飾の分野では依然として梅の人気が優位を保つ。それは歳寒三友(松竹梅)や四君子(梅蘭菊竹)などに列せられ、根強い中国崇拝の願望を満足させるモチーフであったのに対し、桜は殆んどの場合、その造形のみが賞美されるモチーフであったからだろう。このことは家紋の分布に歴然としている。
所蔵
国立歴史民俗博物館
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