本多家資料
| ID | H-60 |
|---|---|
| 資料名 | 本多家資料 |
| 資料名カナ | ホンダケシリョウ |
| コレクション名 | 本多家資料 |
| コレクション名カナ | ホンダケシリョウ |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 4236点 |
| 大きさ | |
| 材質 | |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 江戸時代 |
| 西暦年 | 0 |
| 西暦年 | |
| 元号 | |
| 年代表記 | AD 時代:江戸時代 〜 昭和2 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 徳川家譜代の重臣本多重次の後裔で幕臣の本多家に伝来した資料。重次の嫡子成重は慶長18年6月徳川家康の命により越前宰相忠直に附され、越前で知行四万石をえて丸岡の城主となった。翌慶長19・20年の大坂冬・夏の両陣では越前衆の先手を勤め勲功をあげた。忠直が所領を没収されて後の寛永元年六千石の加増をうけて召し返され家光に仕えて旗本に列した。三代重能以後は三千二百石取りの幕臣として幕末に至り、明治元年十代本多成功(邦之輔、大膳)は家禄を奉還して改正録を賜い、金録公債等を資金に牛込に地所を求め同地に居住した。 本資料の内容は、武器武具類、諸道具類、文書、書籍などに類別できるが、武具類は大坂夏の陣で成重着用との所伝をもつ甲冑・江戸時代の鐔・三所物等の刀装具、当資料の大部分を占める文書類は、本多家由緒書・先祖書・親類書、二代成重の支配地越前の諸郡(坂井、南条、吉田郡など)の高帳・水帳・反別帳・勘定帳、幕府上層部や同役・組子との役向の公文書・日記・覚書・道中記などの幕政関係文書類や幕府滅亡後の明治初年采地だった越前と東京との往復書簡等から成る。 ※子番号1~22の件数の合計は、2277件。 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |