普成仏院(仏名院)文書 第一巻
| ID | H-743-404-1 |
|---|---|
| 資料名 | 普成仏院(仏名院)文書 第一巻 |
| 資料名カナ | フジョウブツイン ブツミョウイン モンジョ ダイイッカン |
| コレクション名 | 田中穣氏旧蔵典籍古文書 |
| コレクション名カナ | タナカユタカシキュウゾウテンセキコモンジョ |
| 文化財指定 | 指定:未指定 |
| 点数 | 1巻 |
| 大きさ | 縦32.50 cm 横247.80 cm |
| 材質 | 原品: 紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 平安時代 |
| 西暦年 | 1160 |
| 西暦年 | 1160年 |
| 元号 | 永暦 |
| 年代表記 | AD1160 世紀:12-C 時代:平安時代 〜 鎌倉時代 元号:永暦 - 1 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 目録『古文書・記録類編』134頁 巻子、3通。 / 1160(永暦元)年11月2日。 美福門院庁下文。 この下文は、美福門院藤原得子(鳥羽院の寵妃。近衛天皇の生母として皇后となり、その後、美福門院の院号を宣下された。)が亡くなる20日ほど前に自分の所領摂津国野鞍荘(現兵庫県三田市付近)を彼女の御願寺である普成仏名院に寄進し、その年貢でもって彼女が極楽往生し悟りを開くことを祈り、修法を行うことを命じたもの。花押を据えている人々は美福門院の院司(別当・判官代・主典代である。下文は、12世紀以降、天皇家・摂関家などにおいて所領荘園に関わる上意下達文書として広く用いられた文書様式で、女院も女院号を冠した庁下文を発給した。※企画展示「性差ジェンダーの日本史」図録(2020)74,75頁2-4 即日閲覧:モノクロ画像 紙焼本有 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |