平宗盛筆消息
| ID | H-79 |
|---|---|
| 資料名 | 平宗盛筆消息 |
| 資料名カナ | タイラノムネモリヒツショウソク |
| コレクション名 | 平宗盛筆消息 |
| コレクション名カナ | タイラノムネモリヒツショウソク |
| 文化財指定 | 指定:重要文化財 |
| 点数 | 1幅 |
| 大きさ | 縦32.80 cm 横48.20 cm |
| 材質 | 原品: 和紙 |
| 実物か複製か | 実物 |
| 時代 | 平安時代 |
| 西暦年 | 1167 |
| 西暦年 | 1167年 |
| 元号 | 仁安 |
| 年代表記 | AD1167 世紀:12-C 時代:平安時代 元号:仁安 - 02 年 |
| 地理情報 | |
| 説明 | 宛所=右兵衛督殿、日付=(仁安二年)九月十八日 表具高=132.3cm、表具幅=109.2cm、軸幅=115.2cm 平清盛の子で後に右大臣となり、壇ノ浦合戦で敗れ捕えられた平宗盛の自筆消息として珍しいものである。仁安二年九月十八日当時宗盛は正四位下、参議、右中将で年二十一歳であった。なお宗盛が参議になったのはこの約一箇月前の八月一日のことであった。充先の「右兵衛督」とは当時正四位下参議であった平時忠(宗盛の母平時子の兄、当時三十八歳)である。「なりつな」(済綱)が訴えた美濃国麻続牧について、済綱に利ありとして、寺家の下文を急ぎ彼に渡すようにとの、「おほいとの」即ち父の太政大臣清盛の命を奉じて出されたものである。宗盛の自筆文書として伝存稀な珍しいものであり、また年紀の明らかな点でも貴重である。なおこの消息の右端の文字が書かれていなかった部分は、掛幅装に表装された際に切断されていることが惜しまれる。中院家伝来。 ※釈文は平成元年『中世の武家文書』展示図録に所収 ※企画展「中世の古文書-機能と形-」図録(2013年)P.124~125NO.205 ※企画展示「日本の中世文書」図録(2018)P54 |
| 所蔵 | 国立歴史民俗博物館 |
| 権利表示 |