平底土器
| FileID | 20149001 |
|---|---|
| 都道府県 | 北海道 |
| 資料名_遺物遺構名 | 平底土器 |
| 寸法 | 高さ 20.5cm, 口径 20.7cm, 底径 8.7cm, 胴厚 0.7cm |
| 点数 | 1 |
| 伴出遺物 | なし |
| 時代 | 擦文時代 |
| 時代修正 | 飛鳥時代~鎌倉時代 |
| 時代(区分) | 古代~中世 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 浦幌町郷土博物館 |
| 所蔵住所_市区町村 | 北海道十勝郡浦幌町 |
| 所蔵住所詳細 | 字東山町23番地 |
| 所蔵者緯度 | 42.8125 |
| 所蔵者経度 | 143.66306 |
| 所有者 | 十勝郡浦幌町教育委員会 |
| 所有者住所_市区町村 | 北海道十勝郡浦幌町 |
| 所有者住所詳細 | 字桜町15番地 |
| 所有者緯度 | 42.80888 |
| 所有者経度 | 143.65837 |
| 遺跡名 | 十勝太若月遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 北海道十勝郡浦幌町 |
| 遺跡所在地詳細 | 字下浦幌東5線南82番地 |
| 遺跡緯度 | 42.77058 |
| 遺跡経度 | 143.69081 |
| 遺跡自治体コード | 1649 |
| 遺跡の概要 | 十勝太若月遺跡は、十勝川の河口付近北側の河岸段丘上に所在する。標高15~40mの段丘上は草地となっており、その尾根部には擦文時代の聚落跡が未だ埋まりきらない堅穴となって約60基が馬蹄形状に分布し、残存していた。1971年、浦幌町は第2次農業構造改善事業の実施に踏み切り、当該遺跡はその事業のために破壊されるところとなり、1972年から3ヶ年にわたり、遺跡地の1/3を発掘した。その結果縄文早期~近世アイヌ期に亘る墳墓と住居跡を主体とする遺構が多数検出された。 |
| 発掘調査者 | 浦幌町教育委員会 山形大学名誉教授(柏倉亮吉) |
| 参考文献 | 後藤秀彦「(速報)北海道十勝太若月遺跡の発掘調査」(「考古学ジャーナル」92)1974 |
| 遺物_遺構の現状 | 擦文式土器の中でも古型式に属する平底深鉢形土器である。胴部に隆起帯をめぐらす例は他遺跡には出土例がなく特異なものと言える。器内面には横位に表面には縦位・斜位・横位に八ヶ目痕が顕著に見られる。色調は概ね胴部以下は黄褐色を呈し、上半は黒褐色を呈している。小破片に破損していたものを接合し、石膏補修してあるため、移動・展示には十分留意する必要がある。 |
| 備考 | 第10号住居跡盛土下より出土。 |
| 指定の有無 | 未指定 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 後藤秀彦 |
| 調査年月日 | 昭和50年1月10日 |
| 権利表示 |