竪穴住居址(勝坂式)

FileID
21347001
都道府県
東京
資料名_遺物遺構名
竪穴住居址(勝坂式)
寸法
径5.25mの円形
点数
伴出遺物
勝坂式土器、打製石斧、石鍬、磨製石斧、局部磨製石斧、凡字形石斧、磨石、石皿破片、土偶破片、耳飾。
時代
縄文時代
時代修正
縄文時代
時代(区分)
原始
時代(世紀)
時代
所蔵_保管者
所蔵住所_市区町村
所蔵住所詳細
所蔵者緯度
所蔵者経度
所有者
所有者住所_市区町村
所有者住所詳細
所有者緯度
所有者経度
遺跡名
滝久保(多喜窪)遺跡
遺跡所在地_市町村
東京都国分寺市
遺跡所在地詳細
西元町
遺跡緯度
35.69555
遺跡経度
139.47144
遺跡自治体コード
13214
遺跡の概要
武蔵野段丘の国分寺崖線上にあり、標高77.5m立川段丘からの比高12.5mの台上に位置する。かっては遺跡の下に湧水があったと伝えられる。遺跡の面積は約2000m2位と推定され、縄文中期及び奈良時代国分式の竪穴住居址が10数戸発掘されている。発掘調査は昭和24・25・26年に行われ、勝坂式の本竪穴住居址は26年の調査によるものである。他に勝坂式の竪穴住居址1戸・土壙・加曽利E工式の竪穴住居址が調査され、縄文早期の土器片が少数検出されている。
発掘調査者
甲野勇・吉田格
参考文献
甲野勇「武蔵国分寺址付近の竪穴住居(予報)」 武蔵野31巻3,4号 昭和25年 吉田格「東京都国分寺町中期縄文式竪穴住居址調査概報」 武蔵野32巻3,4号 昭和27年
遺物_遺構の現状
勝坂式の竪穴住居址で、プランは径5.25mの円形を呈し、周溝は存在しない。中央より北に偏して石囲の埋甕炉があり、床面には32個の柱穴がある。そのうち主柱穴11個、壁より約20cm位離れて壁柱穴16個があり、重復したものもみられることから建変えが行われたのではないかと思われる。現在は宅地となっている。
備考
指定の有無
未指定
IIIFマニフェスト
サムネイル
入力備考欄
調査者
吉田格
調査年月日
昭和26年1月
権利表示
空間情報