火焔土器(A式1号)
| FileID | 21548102 |
|---|---|
| 都道府県 | 新潟 |
| 資料名_遺物遺構名 | 火焔土器(A式1号) |
| 寸法 | 直径 25cm, 高さ 31cm |
| 点数 | 1 |
| 伴出遺物 | 多くの土器片と、有名な馬髙土偶や、巨大な石棒等を伴出している。 |
| 時代 | 縄文時代中期 |
| 時代修正 | 縄文時代(中期) |
| 時代(区分) | 原始 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 長岡科学博物館考古研究室 |
| 所蔵住所_市区町村 | 長岡市 |
| 所蔵住所詳細 | 悠久山公園内 |
| 所蔵者緯度 | 37.43389 |
| 所蔵者経度 | 138.88498 |
| 所有者 | 近藤篤穂 |
| 所有者住所_市区町村 | 新潟県長岡市 |
| 所有者住所詳細 | 関原町二丁目 |
| 所有者緯度 | 37.45588 |
| 所有者経度 | 138.77299 |
| 遺跡名 | 馬髙遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 長岡市 |
| 遺跡所在地詳細 | 関原町1丁目中原 |
| 遺跡緯度 | 37.45252 |
| 遺跡経度 | 138.77649 |
| 遺跡自治体コード | 15202 |
| 遺跡の概要 | この深鉢土器は、馬髙第7号地点の(前掲写真参照)炉址附近から、昭和11年12月31日午後4時ちかく、近藤篤三郎氏によって発掘され、自~来本器に対してだけの歴史的な(唯一の)「火㷔土器」の名稱が残されてきたものである。 |
| 発掘調査者 | 近藤考古館(故近藤篤三郎) 昭和10~16年 |
| 参考文献 | (4)滝口宏他「越後関原縄文遺跡」早稲田大学教育叢書 No,3 昭27.5
(5)中村孝三郎「馬髙」長岡科学博物館研究調査報告2 昭33. |
| 遺物_遺構の現状 | この火㷔土器は、上部が大きく開いたキャリバー状を呈していて、口唇部には、大きな鋸歯型の三角形突起を多くめぐらし、さらに器体の最上部は、四箇所に鶏頭及び尾部に類似した彫刻的な大形の把手が装飾体を形成し、また内傾した頚部には、袋状の凸起や、環状の装飾が密施された重うずまき模様の間に点々と正配置されている。また胴下部は横位置のわらび状あるいは垂直した隆線文によってうずめつくされている。焼成可良にして褐色を呈す。また本土器は90%をこえる一連の実在破片によって復元されている。 |
| 備考 | 昭和38年、国立博物館をめぐる心なき輩によって、火㷔土器の型取りが行われ、その表面は、無残な姿となったがその後、長年月かけた復元技術によって、ほぼ原形にもどりつつある。 |
| 指定の有無 | |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 中村孝三郎 |
| 調査年月日 | 昭和49年3月10日 |
| 権利表示 |