流水文銅鐸
| FileID | 22549030 |
|---|---|
| 都道府県 | 滋賀 |
| 資料名_遺物遺構名 | 流水文銅鐸 |
| 寸法 | 総高 54.2cm, 総幅 31.3cm(推), 鐸身高 39.0cm |
| 点数 | 1 |
| 伴出遺物 | 土建業者の機械による採集のため伴出遺物の報告は無く、その有無は不明である。なお、袈裟襷文銅鐸9個は3個づつ入れ子の状態で出土したようである。 |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 滋賀県立琵琶湖文化館 |
| 所蔵住所_市区町村 | 大津市 |
| 所蔵住所詳細 | 打出浜1-1 |
| 所蔵者緯度 | 35.00689 |
| 所蔵者経度 | 135.87447 |
| 所有者 | 滋賀県教育委員会 |
| 所有者住所_市区町村 | 大津市 |
| 所有者住所詳細 | 京町4丁目1-1 |
| 所有者緯度 | 35.00425 |
| 所有者経度 | 135.86861 |
| 遺跡名 | 小篠原遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 滋賀県野洲郡野洲町 |
| 遺跡所在地詳細 | 小篠原大岩山 |
| 遺跡緯度 | 35.06925 |
| 遺跡経度 | 136.02698 |
| 遺跡自治体コード | 25343 |
| 遺跡の概要 | 野洲平野に臨む丘陵地。かつて明治14年に銅鐸14個が出土した場所とほぼ同一場所と思われる。花崗岩の丘陵で、土質が極めてもろく、山崩れを起こしやすい場所である。明治の発見も砂防工事中における偶然の発見であった。今回も採土作業中に発見されたもので付近に古墳の存在も多いが銅鐸出土の場所は作業前何ら遺跡らしいものは見出されなかった。古代近江の一豪族近乏炎海安国造の本拠と思われる場所である。前述の如く付近に古墳は多いが、顕著な弥生式遺跡は発見されていない。 |
| 発掘調査者 | 発掘者、土建業者の偶然の発見 爾後の調査、梅原末治、水野正好、西田弘著 |
| 参考文献 | 水野正好 滋賀県野洲郡野洲町小篠原 銅鐸埋蔵調査報告 昭37、考古学協会発表要旨 梅原末治 銅鐸巧 考古学雑誌48-3 |
| 遺物_遺構の現状 | 鐸身は6区劃の流水文、下辺横帯は滑文帯に5条の太い横線を加えている。鰭部は鋸歯文帯で鈕の外縁帯につらなっている。鈕は外縁につづいて、一帯の渦文帯、更に綾杉文帯、弧状文帯とつづいている。鈕孔は他の9個の袈裟襷文銅鐸に比し、半円に近い。耳は身部に6個、鈕部に3個ある。型持孔は側面、上面共に方孔、鐸身の一側面下部が大きく欠失、一部は折れ曲って他の側面にも及んでいる。 |
| 備考 | 主カード参照のこと |
| 指定の有無 | 滋賀県指定 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | 主カード=画像№22549000_03参照(滋賀21~30) |
| 調査者 | 西田弘 |
| 調査年月日 | 昭和50年2月10日 |
| 権利表示 |