木棺墓
| FileID | 22848009 |
|---|---|
| 都道府県 | 兵庫 |
| 資料名_遺物遺構名 | 木棺墓 |
| 寸法 | 墓壙 長さ 210cm, 巾 50cm, 深さ 4cm |
| 点数 | |
| 伴出遺物 | |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 尼崎市教育委員会 教育長(足立恭三) |
| 所蔵住所_市区町村 | 尼崎市 |
| 所蔵住所詳細 | 東七松町1-23-1 |
| 所蔵者緯度 | 34.73367 |
| 所蔵者経度 | 135.40654 |
| 所有者 | |
| 所有者住所_市区町村 | |
| 所有者住所詳細 | |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 田能遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 兵庫県尼崎市 |
| 遺跡所在地詳細 | 田能字中ノ坪 |
| 遺跡緯度 | 34.76572 |
| 遺跡経度 | 135.43173 |
| 遺跡自治体コード | 28202 |
| 遺跡の概要 | 標高6mの西摂平野のほぼ中央にあり、東流する猪名川左岸に接している。昭和40~41年にかけての発掘によって遺跡は弥生時代のほぼ全期間にわたる集落址であり、東西110m、南北120m以上の規模をもつことが確認された。三軒の住居址、溝、数千に及ぶ小穴が検出され集落内からは弥生時代中期の壷棺、甕棺をはじめ後期以降と推定される土壙墓、木棺墓などの墓も検出された。 |
| 発掘調査者 | 尼崎市田能遺跡発掘調査委員会(村川行弘) |
| 参考文献 | 尼崎市教育委員会、尼崎市田能遺跡発掘調査委員会「田能遺跡概報」 昭和42年
尼崎市教育委員会 「田能遺跡発掘調査報告書I」 昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | 第14号墓と呼称した南北方向の木棺墓である。
遺骸は、下肢骨のみ検出できたが、頭部を南に向けて埋葬したようである。
墓壙は第2号方形周溝の西溝埋土の上につくられていた。
木棺は蓋板と底板を検出した。蓋板は、おそらく一枚板で墓壙に縦渡しにしてある。 |
| 備考 | 調査後、埋め戻す。 |
| 指定の有無 | 史跡 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 福井英治 武藤誠 |
| 調査年月日 | 昭和49年1月30日 |
| 権利表示 |