木棺墓
| FileID | 22848011 |
|---|---|
| 都道府県 | 兵庫 |
| 資料名_遺物遺構名 | 木棺墓 |
| 寸法 | 土壙 長径 360cm, 短径 200cm, 深さ 20cm 墓壙 長さ 280cm, 巾 80cm |
| 点数 | |
| 伴出遺物 | 遺骸の首から胸にかけての部分に632個の碧玉製管玉を検出した。 |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 尼崎市教育委員会 教育長(足立恭三) |
| 所蔵住所_市区町村 | 尼崎市 |
| 所蔵住所詳細 | 東七松町1-23-1 |
| 所蔵者緯度 | 34.73367 |
| 所蔵者経度 | 135.40654 |
| 所有者 | |
| 所有者住所_市区町村 | |
| 所有者住所詳細 | |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 田能遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 兵庫県尼崎市 |
| 遺跡所在地詳細 | 田能字中ノ坪 |
| 遺跡緯度 | 34.76572 |
| 遺跡経度 | 135.43173 |
| 遺跡自治体コード | 28202 |
| 遺跡の概要 | 標高6mの西摂平野のほぼ中央にあり、東流する猪名川左岸に接している。昭和40~41年にかけての発掘によって、遺跡は、弥生時代のほぼ全期間にわたる集落址であり、東西110m南北120m以上の規模をもつことが確認された。三軒の住居址、方形周溝遺構、溝、数千に及ぶ小穴が検出され、集落内からは弥生時代中期の壷棺、甕棺をはじめ、後期以降と推定される土壙墓、木棺墓も検出された。 |
| 発掘調査者 | 尼崎市田能遺跡発掘調査委員会(村川行弘) |
| 参考文献 | 尼崎市教育委員会、尼崎市田能遺跡発掘調査委員会「田能遺跡概報」 昭和42年
尼崎市教育委員会 「田能遺跡発掘調査報告書I」 昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | 第16号墓と呼んだ南北方向の木棺墓である。
遺骸は老令とみられる男性で、頭を北に向けた仰臥の姿勢をとっていた。
墓壙は、先ず、大きな楕円形の土壙(長径360cm、短径200cm、深さ20cm)を掘り、その後内部に新たな土を入れ、木棺を納める程度の墓壙(長さ280cm、巾80cm)を作り出しており、特異な作り方をしている。木棺は側板と底板の一部を検出したが、組み合せ方は不明。 |
| 備考 | 上半身に朱がほどこしてあった。
管玉摘出、調査後、埋め戻す。 |
| 指定の有無 | 史跡 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | 寸法、遺跡の現状からコピーしています。 |
| 調査者 | 福井英治 武藤誠 |
| 調査年月日 | 昭和49年1月26日 |
| 権利表示 |