木棺墓
| FileID | 22848012 |
|---|---|
| 都道府県 | 兵庫 |
| 資料名_遺物遺構名 | 木棺墓 |
| 寸法 | |
| 点数 | |
| 伴出遺物 | 左腕に白銅製腕輪を着装した状態で検出した。 |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 尼崎市教育委員会 教育長(足立恭三) |
| 所蔵住所_市区町村 | 尼崎市 |
| 所蔵住所詳細 | 東七松町1-23-1 |
| 所蔵者緯度 | 34.73367 |
| 所蔵者経度 | 135.40654 |
| 所有者 | |
| 所有者住所_市区町村 | |
| 所有者住所詳細 | |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 田能遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 兵庫県尼崎市 |
| 遺跡所在地詳細 | 田能字中ノ坪 |
| 遺跡緯度 | 34.76572 |
| 遺跡経度 | 135.43173 |
| 遺跡自治体コード | 28202 |
| 遺跡の概要 | 標高約6mの西摂平野のほぼ中央にあり、東流する猪名川左岸に接している。昭和40~41年にかけての発掘によって遺跡は弥生時代のほぼ全期間にわたる集落址であり、東西110m南北120m以上の規模をもつことが確認された。三軒の住居址、方形周溝、溝、数千に及ぶ小穴が検出され、集落内からは弥生時代中期の壷棺、甕棺をはじめ、後期以降と推定される土壙墓、木棺墓も検出された。 |
| 発掘調査者 | 尼崎市田能遺跡発掘調査委員会(村川行弘) |
| 参考文献 | 尼崎市教育委員会、尼崎市田能遺跡発掘調査委員会「田能遺跡概報」 昭和42年
尼崎市教育委員会 「田能遺跡発掘調査報告書I」 昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | 第17号墓と呼称した南北方向の木棺墓である。
遺骸はかなり乱れた状態にあったが、男性を北枕に仰臥の姿勢に葬ってあることがわかった。
墓壙は、第16号墓の場合とほぼ同様に、二重土壙の内部に木棺を納めてあった。
木棺は蓋板、小口板、底板の一部が残っており、蓋板は棺に横渡ししてあった。 |
| 備考 | 調査後、埋め戻す。 |
| 指定の有無 | 史跡 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 福井英治 武藤誠 |
| 調査年月日 | 昭和49年1月26日 |
| 権利表示 |