打製石器
| FileID | 22848021 |
|---|---|
| 都道府県 | 兵庫 |
| 資料名_遺物遺構名 | 打製石器 |
| 寸法 | |
| 点数 | 4 |
| 伴出遺物 | |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 尼崎市教育委員会 教育長(足立恭三) |
| 所蔵住所_市区町村 | 尼崎市 |
| 所蔵住所詳細 | 東七松町1-23-1 |
| 所蔵者緯度 | 34.73367 |
| 所蔵者経度 | 135.40654 |
| 所有者 | |
| 所有者住所_市区町村 | |
| 所有者住所詳細 | |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 田能遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 兵庫県尼崎市 |
| 遺跡所在地詳細 | 田能字中ノ坪 |
| 遺跡緯度 | 34.76572 |
| 遺跡経度 | 135.43173 |
| 遺跡自治体コード | 28202 |
| 遺跡の概要 | 標高6mの西摂平野のほぼ中央にあり東流する猪名川左岸に接している。昭和40~41年にかけての発掘によって遺跡は弥生時代のほぼ全期間にわたる集落址であり、東西110m、南北120m以上の規模をもつことが確認された。三軒の住居址、方形周溝、溝、数千に及ぶ小穴が検出され、集落内からは弥生時代の壷棺、甕棺をはじめ、弥生時代後期以降と推定される土壙墓、木棺墓などのも検出された。 |
| 発掘調査者 | 尼崎市田能遺跡発掘調査委員会(村川行弘) |
| 参考文献 | 尼崎市教育委員会、尼崎市田能遺跡発掘調査委員会「田能遺跡概報」 昭和42年
尼崎市教育委員会 「田能遺跡発掘調査報告書I」 昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | 打製石器には石鎗、石錐、石鏃、不定形刃器の四種類があり、石材は殆ど全てがサヌカイトを使用している。
1.石鎗、総数79点出土しているが完形品は1点もない。部厚い断面菱形のもの、扁平なもの、小形のものと三種類ある。
2.石鏃、92点出土している。使用の痕跡を残すものが多くみられる。
3.石鏃、215点出土している。5種類に分類される。
4.不定形刃器、331点出土しており、打製器の半数ちかく占めている。 |
| 備考 | 時期の判明する石器は少ないが、中期に属するものが最も多くみられる。田能資料館に展示中 |
| 指定の有無 | 未指定 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 福井英治 武藤誠 |
| 調査年月日 | 昭和49年2月1日 |
| 権利表示 |