銅釧
| FileID | 22848024 |
|---|---|
| 都道府県 | 兵庫 |
| 資料名_遺物遺構名 | 銅釧 |
| 寸法 | 外径 縦 7.10cm, 横 5.58cm, 内径 縦 6.15cm, 横 4.70cm |
| 点数 | 1 |
| 伴出遺物 | 第17号木棺墓の被葬者の左腕に着装した状態で、検出されたが他に伴出遺物はなかった。 |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 尼崎市教育委員会 教育長(足立恭三) |
| 所蔵住所_市区町村 | 尼崎市 |
| 所蔵住所詳細 | 東七松町1-23-1 |
| 所蔵者緯度 | 34.73367 |
| 所蔵者経度 | 135.40654 |
| 所有者 | |
| 所有者住所_市区町村 | |
| 所有者住所詳細 | |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 田能遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 兵庫県尼崎市 |
| 遺跡所在地詳細 | 田能字中ノ坪 |
| 遺跡緯度 | 34.76572 |
| 遺跡経度 | 135.43173 |
| 遺跡自治体コード | 28202 |
| 遺跡の概要 | 標高6mの西摂平野のほぼ中央にあり、東流する猪名川左岸に接して所在する。遺跡は工業用水道の配水上建設によって発見され、昭和40~41年にかけて発掘された。弥生時代のほぼ全期間にわたる遺物を出土し、東西110m南北120m以上の規模をもつ集落址であることがわかった。遺跡地全面に数千にも及ぶ小穴が検出され、また壷棺、甕棺、木棺墓、土壙墓も確認された。 |
| 発掘調査者 | 尼崎市田能遺跡発掘調査委員会(村川行弘) |
| 参考文献 | 尼崎市教育委員会、尼崎市田能遺跡発掘調査委員会「田能遺跡概報」 昭和42年
尼崎市教育委員会 「田能遺跡発掘調査報告書I」 昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | ややくすんだ漆黒色を呈し、表面は研磨されてなめらかに光沢をもっている。内側には部分的に鋳型の合せ目が残り真直な側縁の内側は、腐蝕のためか、一部表面の剝落する部分がみられる。上下二方の短側縁には、片面をえぐって凹ませており、貝製腕輪の状態を忠実に模しており、その部分には上下方向の擦痕がみとめられる。 |
| 備考 | 田能資料館にて展示中。複製品を1点製作した。 |
| 指定の有無 | 未指定 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 福井英治 武藤誠 |
| 調査年月日 | 昭和49年2月2日 |
| 権利表示 |