壺形土器(土師器)
| FileID | 23548029 |
|---|---|
| 都道府県 | 山口 |
| 資料名_遺物遺構名 | 壺形土器(土師器) |
| 寸法 | 胴部径 12.3cm, 器高 14.8cm |
| 点数 | 1 |
| 伴出遺物 | 鏡4、巴形石製品1、鉄鍬7、筒形銅器1、鉄刀破片及び埴輪破片多数 |
| 時代 | 古墳時代 |
| 時代修正 | 古墳時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 山陽町立中央公民館 |
| 所蔵住所_市区町村 | 山口県厚狭郡山陽町 |
| 所蔵住所詳細 | 常盤 |
| 所蔵者緯度 | |
| 所蔵者経度 | |
| 所有者 | 山陽町下津地区住民(代表)江沢能求 |
| 所有者住所_市区町村 | 山口県厚狭郡山陽町 |
| 所有者住所詳細 | 下津 |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 長光寺山古墳 |
| 遺跡所在地_市町村 | 山口県厚狭郡山陽町 |
| 遺跡所在地詳細 | 西下津 |
| 遺跡緯度 | |
| 遺跡経度 | |
| 遺跡自治体コード | 35422 |
| 遺跡の概要 | 長光寺山古墳は、厚狭盆地を一望のもとにみる標高60mばかりの丘頂に立地する前方後円墳で、後円部の中央に、主軸にそってほぼ並列する2基の竪穴式石室をもつものである。この古墳が知られるようになったのは、明治14年地区住民によって鍬形石などが掘り出されたことによるが、その後今日まで円墳とみられてきた。昭和46年の調査で、これが前方後円墳であることと、後円部の頂部に経塚が営まれていたことが確認された。 |
| 発掘調査者 | 小川五郎(大正15年) 小野忠熈(昭和46年) |
| 参考文献 | 弘津史文「上代遺跡遺物発見地調査報告書」山口高等学校歴史教室 昭和2年
小野忠熈「長光寺古墳」山陽町教育委員会、昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | 球形の体部に頚部で明瞭な稜をなして口縁部が開いた、いわゆる「坩」である。底部の中央に小さな円孔を穿っているほか、胴部以上の外側と口縁部の内外面に赤色顔料の塗付がみられる。破片を接着し、不足部分は石膏で補充復元をしたものである。
出土状態 明治14年に地区住民が行った発掘による撹乱を受け詳細は不明 |
| 備考 | 山口県下における古墳出土の土師器例としては本例と、徳山市岡ノ原第3号墳の長頸壷がある。(岡ノ原第3号墳;昭和45年) |
| 指定の有無 | 無 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 伊東照雄・冨士埜勇 |
| 調査年月日 | 昭和48年12月2日 |
| 権利表示 |