金隈遺跡位置図

FileID
24047043
都道府県
福岡
資料名_遺物遺構名
金隈遺跡位置図
寸法
点数
伴出遺物
時代
弥生時代
時代修正
弥生時代
時代(区分)
古代
時代(世紀)
時代
所蔵_保管者
福岡市教育委員会文化課
所蔵住所_市区町村
福岡市中央区
所蔵住所詳細
天神1丁目7番23号
所蔵者緯度
33.59011
所蔵者経度
130.40005
所有者
所有者住所_市区町村
所有者住所詳細
所有者緯度
所有者経度
遺跡名
金隈遺跡
遺跡所在地_市町村
福岡市博多区
遺跡所在地詳細
大字金隈字観音浦・日焼
遺跡緯度
33.56236
遺跡経度
130.47618
遺跡自治体コード
40132
遺跡の概要
金隈は、福岡市の東部を北流し博多湾にそそぐ御笠川の東方・月隈丘陵に位置する。この丘陵は、低平な支脈を多くもつが、字観音浦及び日焼に属する標高約30m全長400m余の丘陵の南端部に、甕棺が発見され、1970年~1971年の二次にわたり発掘調査された。その結果、甕棺墓145基・土壙墓25基・石棺墓2基・石蓋土壙1基及び若干の副葬品の出土をみた。人骨には抜歯をもつものが2体(男・女各1)みられ、その型式はいずれも上顎両側犬歯を抜歯するものである。甕棺の編年から前期末~中期~後期初に及ぶことが明かであるが、墓域については、時期により異なった地域がえらばれ、終末頃には、そのブロックの間隙が利用されるという、大まかな傾向性が明かにされている。死亡年令については、圧倒的に小児、しかも1才~6才の幼児期の死亡率が高いことが確認されている。本遺跡の西方約2kmに弥生時代前期の板付遺跡、西南約3kmには中期にその全盛をむかえた春日丘陵所在の須玖岡本遺跡が存在する。後者は、本遺跡と年代的にはほぼ同時代で、しかも地理的には対峙するかごとき立地である。
発掘調査者
福岡市教育委員会
参考文献
福岡市教委文化課「福岡市金隈遺跡調査概報」第一次・第二次1970・-71年
遺物_遺構の現状
備考
指定の有無
国指定史蹟「金隈遺跡」S.47.5
IIIFマニフェスト
サムネイル
入力備考欄
画像データなし
調査者
調査年月日
権利表示
空間情報