にしん漁場建築(旧田中家)
| 都道府県名 | 北海道 |
|---|---|
| 数量 | 1棟 |
| 発掘地 | (所在地) 小樽市北祝津町 |
| 時代(**時代) | 明治時代 |
| 時代(**時代)② | 明治時代 |
| 時代(区分) | 近代 |
| 時代(元号など) | 明治 |
| 西暦年 | |
| 西暦年 | |
| 時代(和暦) | |
| 作者 | |
| 法量 | 間口 約42m 奥行 約13m 延 約638㎡ (移築後に付加した便所、洗面所等の下屋を除く。) |
| 品質 | 木造 平家、一部2階建 亜鉛鉄板葺 |
| 形状 | この建物は、もと北海道古宇郡泊村字照岸に所在した、ニシン漁業家〓田中家の本家で、明治30年に完成したものである。
田中家は、青森県東津軽郡の出身で、幕末に雇漁夫として渡島し、ほどなく独立、逐年の豊漁で次第に産をなし、4か場所を所有し、最高14カ統をたてるまでに成功した。当時のニシン漁家としては、中規模の上位の網元である。
この建物は、稀有となったニシン漁家の代表的遺構であると共に、本道独国の民家進撃の代表例で、本道で俗に「番屋」と呼ぶ漁家特有の平面構成をもつ。右側が主人居住部、左側が漁夫居住部で、田中家盛時には、120人程度の漁夫が、この母屋内で起居したという。台所はその雇漁夫の食事就寝の場所に供されたところ、なか棚は漁夫を多人数収容するための工夫である。外形は、北陸・両羽地方の切妻造民家様式を伝承するもの。木割はきわめて豪壮である。明治33年、現位置に移設。現在、「鰊御殿」 |
| 讃・奥書・銘文 | |
| 伝来 | |
| 写真拓本等 | |
| 指定の有無 | 明治35年5月31日 北海道指定有形文化財 |
| 保管者 | 小樽市 |
| 保管者住所1 | 小樽市 |
| 保管者住所2 | 花園公園内(花園2丁目12-1) |
| 保管者X | 140.99933 |
| 保管者Y | 43.1927 |
| 表示地理情報 | 43.1927,140.99933 |
| 所有者 | 小樽市 |
| 所有者住所1 | 小樽市 |
| 所有者住所2 | 花園公園内(花園2丁目12-1) |
| 所有者X | 140.99933 |
| 所有者Y | 43.1927 |
| 備考 | |
| 調査年月日 | 昭和48年12月23日 |
| 調査者 | 遠藤明久 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 権利表示 |