長榮寺正応碑(正応二年銘)

都道府県名
青森
数量
一基
発掘地
時代(**時代)
鎌倉時代
時代(**時代)②
鎌倉時代
時代(区分)
中世
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
高さ 66cm 幅 24.2cm(8寸) 厚さ 23.6cm(7寸8分)
品質
花崗岩
形状
1.笠塔婆か、長尺塔婆様のものの塔身だけが残ったものとみられる。 2.塔身の上部が甚だしく摩損し、上面は半球形の大きな凹所ができている。表面にも小亀裂を生じ剥落している。 3.各面の上方に、梵字があり、その上部が摩損しているが、〓、〓、〓、〓と読まれて、金剛界五仏の四方仏と解される。中心仏としての■は、その上方の石に刻まれてあったと考えられる。 4.東面のウーン(〓)の下に「正應二年十二月」「廿一日造立之」と二行に刻んである。
讃・奥書・銘文
伝来
桧山御前の五輪塔と並んで立っているため、三戸長栄寺に葬ったと伝えている27代利直の側室香林院の墓碑かと誤られていたが、これは鎌倉期のものである。
写真拓本等
指定の有無
青森県指定県重宝
保管者
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
個人所有
所有者住所1
三戸郡三戸町
所有者住所2
所有者X
141.24913
所有者Y
40.37611
備考
糠部郡(現在 青森県下北郡、上北軍、三戸郡、岩手県二戸郡、九戸郡)における唯一の鎌倉期の金石文である。
調査年月日
昭和49年1月6日
調査者
小井田幸哉
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示