多賀城跡

都道府県名
宮城
数量
発掘地
多賀城市市川・浮島
時代(**時代)
奈良時代~南北朝時代
時代(**時代)②
奈良時代~南北朝時代
時代(区分)
古代~中世
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
南北 約900m 東北 約900m
品質
遺跡
形状
仙台平野東北端の海抜50~20mの低平な丘陵上に立地し、1辺約900mの不製方形を呈する。 外郭線は基底幅2.7mの築地であり南辺と東辺に門の遺講が発見されている。 中央には政庁の遺構があり、その他の地域にも宮街建物群や竪穴住居跡群が存在する。
讃・奥書・銘文
伝来
沿革 宝亀11年記に始めてあらわれる多賀城は、築造年代は正確にはあきらかでないが、天平9年紀にある多賀柵が前身と教られ、宝亀11年に羅失し、貞観11年にも震災を受けるが復興され、文治5年の頼朝の奥州征討にも多賀国府がみえる。
写真拓本等
写真・実測図は宮城県多賀城跡調査研究所に保管
指定の有無
特別史跡指定
保管者
多賀城市(市長 大場源七)
保管者住所1
多賀城市
保管者住所2
旭丘青木沢1
保管者X
141.00453
保管者Y
38.29386
表示地理情報
38.29386,141.00453
所有者
多賀城市他
所有者住所1
宮城県多賀城市
所有者住所2
所有者X
141.00453
所有者Y
38.29386
備考
調査年月日
昭和48月1月17日
調査者
岡田茂弘
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示
空間情報