旧院内銀山跡
| 都道府県名 | 秋田 |
|---|---|
| 数量 | |
| 発掘地 | |
| 時代(**時代) | 江戸時代 |
| 時代(**時代)② | 江戸時代 |
| 時代(区分) | 近世 |
| 時代(元号など) | |
| 西暦年 | |
| 西暦年 | |
| 時代(和暦) | |
| 作者 | |
| 法量 | |
| 品質 | |
| 形状 | 院内銀山は江戸初期に発見され、慶長12年(1607)頃から開坑され江戸時代、全国でも有数の鉱山として発展した。17世紀前半の盛況は「山小屋千軒、下町千軒、計二千軒」(『院内銀山記』)の町ができ、人口も元和6年(1620)で約1万人、1日に銀1,000枚を産出したという。(『秋田昔物語』)
その後、文化~天保期(1804~1844)にはふたたび活況をとりもどし、年平均1,000貫余の産銀をみて、江戸時代を通して秋田藩の重要な財源となった。
明治時代に入って、銀山は秋田県、小野組、工部省とその所管が移ったが、明治18年(1885)、古河鉱業に払い下げられ、同20年代には近代技術の導入とあいまって、年産4,000貫余の生産をみて最盛時を現出した。秋田県史跡は、寛永年間(1624~1644)の開坑といわれるはやぶさ坑のほか、五番坑、金山神社から成っている。 |
| 讃・奥書・銘文 | |
| 伝来 | |
| 写真拓本等 | |
| 指定の有無 | 秋田県指定史跡 |
| 保管者 | 雄勝町(町長 金沢此助) |
| 保管者住所1 | 秋田県雄勝郡雄勝町 |
| 保管者住所2 | 下柴田 |
| 保管者X | 140.41229 |
| 保管者Y | 39.05627 |
| 表示地理情報 | 39.05627,140.41229 |
| 所有者 | 立石林業合資会社(代表社員 立石巖夫) |
| 所有者住所1 | 東京都千代田区 |
| 所有者住所2 | 有楽町1-5有楽町ビル |
| 所有者X | 139.75989 |
| 所有者Y | 35.67433 |
| 備考 | |
| 調査年月日 | 昭和48年11月12日 |
| 調査者 | 半田市太郎 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 権利表示 |