層塔

都道府県名
山形
数量
一基
発掘地
時代(**時代)
江戸初期(寛永12〈1635〉)
時代(**時代)②
江戸時代
時代(区分)
近世
時代(元号など)
寛永
西暦年
1635
西暦年 1635年
時代(和暦)
寛永12年
作者
法量
総高 247cm
品質
凝灰岩
形状
五重層塔 南陽市吉野川渓谷は、小滝街道筋であり、慶長、元和、寛永期に栄えた吉野街道筋街道、街道筋に今日同型の層塔三基が(四基のうち一基行方不明萩沢屋在のもの)現存している。本層塔は、最北落白鷹よりのものである。
讃・奥書・銘文
地輪銘 「奉造四方塔 金星来御宇 寛永十[二]カ年八月[吉日] □□□」
伝来
明治年間に漆山与十郎邸内に移され、同家庭内に現存する白鷹山頂を終点とする略一里の距離に四基の層塔が現存するので、土地の人は一里塚と称している。熊野社と白鷹山の間の参詣道の道標を兼ねた信仰を示すものとも考えられ、研究課題である。 (南陽市宮内地区調査資料 「宮内町の文化財 P27」)
写真拓本等
指定の有無
保管者
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
個人所有
所有者住所1
南陽市
所有者住所2
所有者X
140.18918
所有者Y
38.18563
備考
調査年月日
昭和49年12月3~4日
調査者
長野亘、工藤定雄
IIIFマニフェスト
サムネイル
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