五輪塔

都道府県名
山形
数量
三基
発掘地
時代(**時代)
鎌倉時代末期
時代(**時代)②
鎌倉時代
時代(区分)
中世
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
中央のもの総高 1.7m
品質
三基ともに砂岩製
形状
斎藤家の裏山、田河太郎行文の墓と伝えられるものである。文治5年(1189)7月、源頼朝が藤原泰衡討伐のため、奥州に下向、泰衡の命を受けた行文は、秋田三郎致文と共に出羽国の防備に当り、越後から念珠関に攻め入った鎌倉の将比企能員、宇佐美実政と戦って討死した。何れも頗る古風である。 この塔の銘文は明かでないが、田河氏の供養のために建立されたものであろう。
讃・奥書・銘文
伝来
写真拓本等
指定の有無
県指定有形文化財
保管者
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
個人所有
所有者住所1
鶴岡市
所有者住所2
所有者X
139.75383
所有者Y
38.68837
備考
調査年月日
昭和49年12月1日
調査者
長野亘、工藤定雄
IIIFマニフェスト
サムネイル
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