永正の宝塔

都道府県名
山形
数量
一基
発掘地
時代(**時代)
室町末期(永正七〈1510〉)
時代(**時代)②
室町時代
時代(区分)
中世
時代(元号など)
永正
西暦年
1510
西暦年 1510年
時代(和暦)
永正7年
作者
法量
総高 2m18
品質
石造(凝灰岩)
形状
成島、野手倉に類例があるが、置賜地方では、類例が少ないと見られている。 基壇の東面に造立刻銘がみられる。 「永正七 天庚午七月 明頓〈不明〉」 塔身の種子 バク(釈迦)は殆と削滅している。これは、住民が何時の日からか、この塔をけずって石粉を飲むと「おこり」が癒るとの迷信から磨滅を早めたものである。 もと、このあたりを和田長堤といったが、ここから押出までの間を字経塚といったというから、和田川の水害に因む経塚である。供養塔であったと思われる。
讃・奥書・銘文
伝来
写真拓本等
置賜の文化財 (第一期 P34 故高橋堅治報告による。)
指定の有無
保管者
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
天満神社
所有者住所1
米沢市
所有者住所2
長手
所有者X
140.17154
所有者Y
37.93198
備考
調査年月日
昭和49年12月4日
調査者
長野亘、工藤定雄
IIIFマニフェスト
サムネイル
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