文祿4年7月21日浅野弾正少弼長吉による掟条々
| 都道府県名 | 福島 |
|---|---|
| 数量 | 一枚 |
| 発掘地 | |
| 時代(**時代) | 安土桃山時代 |
| 時代(**時代)② | 安土桃山時代 |
| 時代(区分) | 近世 |
| 時代(元号など) | |
| 西暦年 | |
| 西暦年 | |
| 時代(和暦) | |
| 作者 | |
| 法量 | 縦34cm 横107.5cm |
| 品質 | 会津地方で漉かれた椿紙 |
| 形状 | 内容 文禄4年2月4日蒲生氏卿が死去すると、子の鶴千代(2代蒲生秀行)がまだ幼なかったので、秀吉の命により浅野長吉(後の長政)が会津に下り、蒲生氏の老臣(仕置奉行)蒲生四郎兵衛尉(郷案)、町野左近助(繁仍)、玉井数馬助(貞以)宛てに下した若松町の掟条々で13ヵ条から成っている。氏郷生前の施政の精神が筒明に表現されている。特にその第1条に「当町の塩役、塩の宿、らうやく、かうじ役、駒役、此外の諸座不可有之事」を見れば、氏郷は生前商業の繁栄策として楽市、楽座の制をとっておったことが読みとれる。楽市、楽座に関する会津に於ける唯一の文書である。 |
| 讃・奥書・銘文 | |
| 伝来 | 簗田氏は当時城下町年寄の最上位にあったので、仕置奉行からこの掟条々が簗田家に伝わったものであろう。 |
| 写真拓本等 | |
| 指定の有無 | 指定無し |
| 保管者 | |
| 保管者住所1 | |
| 保管者住所2 | |
| 保管者X | |
| 保管者Y | |
| 表示地理情報 | , |
| 所有者 | 個人所有 |
| 所有者住所1 | 会津若松市 |
| 所有者住所2 | |
| 所有者X | 139.91943 |
| 所有者Y | 37.48828 |
| 備考 | |
| 調査年月日 | 昭和47年11月20日 |
| 調査者 | 山口孝平 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 権利表示 |