見沼通船堀遺構

都道府県名
埼玉
数量
発掘地
時代(**時代)
江戸時代~昭和時代
時代(**時代)②
江戸時代~昭和時代
時代(区分)
近世~近代
時代(元号など)
江戸~昭和
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
東391m 西662m 閘門の幅3.2m 高さ2.7m
品質
木造で門柱に関板をはめて水流をせきとめる。
形状
享保16年(1731)に開通した閘門式運河で東西両岸の見沼代用水路と排水路である芝川を結んでおり両方とも2か所の閘門を設けている。閘門の形状はほとんどとどめてないが、堀はほぼ旧状を伝えている
讃・奥書・銘文
この通船堀により、江戸初期は須戸橋(行田市大田)から江戸まで、宝暦9年以降は柴山の伏越(南崎五郡白岡町)を終点として、沿岸の村々の生産物と江戸からの商品が輸送された。 通船期間は毎年11月~2月末。
伝来
明治7年見沼通船会社が設立され、舟運は全盛をきわめたが、明治16年上野・熊谷間、18年上野・久喜間の鉄道が開通すると貨物が減り、昭和6年2月通船事業を廃止した。
写真拓本等
指定の有無
埼玉県指定史跡
保管者
浦和市 市長 相川曹司
保管者住所1
浦和市
保管者住所2
仲町2-5-5
保管者X
139.6525
保管者Y
35.8607
表示地理情報
35.8607,139.6525
所有者
見沼土地改良区 理事長 遠藤長一郎
所有者住所1
埼玉県浦和市
所有者住所2
仲町3-5-26
所有者X
139.64876
所有者Y
35.85936
備考
調査年月日
昭和47年12月22日
調査者
小野文雄、大村進
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示
空間情報