慶長二年三月七日 豊臣家五奉行連署掟書

都道府県名
滋賀
数量
1通
発掘地
時代(**時代)
桃山時代
時代(**時代)②
桃山時代
時代(区分)
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
竪 31.7cm 幅 132.5cm
品質
紙本墨書
形状
竪継紙 長束正家、増田長盛、石田三成、宮部継潤、前田玄次の5奉行が連署で上坂八右エ門に与えたもので、五人組、十人組制度の始めて出ている文書として、当文書は有名なものである。 上坂氏は、坂田郡上坂村(現、長浜市西上坂町)に居住し、鎌倉權五郎景政の末裔といい、代々佐々木京極氏の被官でしかも重臣であった。桃山時代に上坂に帰農し、八右エ門を称した。江戸時代には、分家をして、彦根藩士となったものもある。
讃・奥書・銘文
伝来
上坂家には、中世以降の文書が数百通伝わっていたが、大正年間、これを西上坂町の共有としたもので、当文書はそのうちの一通である。
写真拓本等
指定の有無
保管者
個人保管
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
長浜市西上坂町共有
所有者住所1
長浜市
所有者住所2
西上坂町
所有者X
136.31091
所有者Y
35.40422
備考
調査年月日
昭和48年5月31日
調査者
中村林一
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示