三沢小次郎親経田地寄進状案

都道府県名
兵庫
数量
1通
発掘地
時代(**時代)
室町時代(文安5年8日吉日)
時代(**時代)②
室町時代
時代(区分)
時代(元号など)
文安
西暦年
1448
西暦年 1448年
時代(和暦)
文安5年8日吉日(8月では?)
作者
法量
縦28.5cm×横38.2cm
品質
軸装
形状
三沢駿河守義円が文安2年2月晦日に明石津の合戦で打死した。その後生善処のために、掃守土居のうちの下地1段6斗代の田地を妙勝寺衆徒中に永代寄進したもの。毎月晦日に塔中で寿量品を結縁して欲しいとたのんでいる。明石津の合戦とは、「史料綜覧」にも見えないが、当時、山名持豊が赤松満政と播磨で合戦をくり返し、満政は有馬で敗死し、同年3月24日満政の首が京都高辻河原にかけられるから、それと関連するのであろう。三沢氏は太田文に上三崎保の地頭として出るから、鎌倉以降のこの地の土豪である。
讃・奥書・銘文
伝来
写真拓本等
指定の有無
保管者
個人保管
保管者住所1
兵庫県津名郡東浦町
保管者住所2
保管者X
134.96504
保管者Y
34.50465
表示地理情報
34.50465,134.96504
所有者
個人所有
所有者住所1
兵庫県津名郡東浦町
所有者住所2
所有者X
134.96504
所有者Y
34.50465
備考
「味地草」には“三浦小次郎”として引用している。
調査年月日
昭和49年11月20日
調査者
石田善人
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示
空間情報