光林寺縁起

都道府県名
愛媛
数量
発掘地
〓上
時代(**時代)
時代(**時代)②
時代(区分)
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
横306cm 縦34.5cm
品質
紙本巻物
形状
この寺は奈良原神社の下寺としてこの縁起には「坂本坊」「二王門」「護摩堂」「辨天」「白山社」等描かれているが現実には元禄14年新築という山門が一番古い。「盡副簡」には今治藩の絵師里村了貞(常林)筆とあり、奈良原山絵図とは似た成作で同年同一作者及び絵師である。同寺の住職「栄学」が今治藩主の信仰を得ているので、同藩藩主に依頼して出来上った。「元年二丁己年仲冬朔目定基」とある。ちなみに定基は今治藩主である。なお、光林寺の山〓は「摩尼山」でこの本文中に使用されている。紙本は彩色。詩書無し。
讃・奥書・銘文
伝来
同寺
写真拓本等
有(写真)
指定の有無
町指定
保管者
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
個人所有
所有者住所1
愛媛県越智郡玉川町
所有者住所2
所有者X
132.94922
所有者Y
34.00355
備考
元禄14年の山門といっても考証困難な程の後補であり、その他境内の建物は皆新しい。
調査年月日
調査者
重見辰馬
IIIFマニフェスト
サムネイル
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