長宗我部信親公忠死御供衆鑑板

都道府県名
高知
数量
一面
発掘地
時代(**時代)
戦国時代
時代(**時代)②
戦国時代
時代(区分)
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
縦 49.3cm 横 200.0cm
品質
木造
形状
天正十四年、豊臣秀吉の九州攻めの際、元親長男の信親は父と従軍し、島津軍と戦い、戸次川で敗死した。この鑑板はその折信親と共に討死した家臣516名の名前を刻記して、忠死者の顕賞とその供養を計ったものである。一枚板の全面に漆を塗り、四隅金銅金具打ち、表面は「天正十四丙戌年十二月十二日於豊州信親公忠死御供之衆」と題して、忠死者名を三段に陰刻し、裏面には享保十八年五月十九日雪蹊寺々蘭山の新修記を刻している。もと雪蹊寺伝来であったが、現在は秦神社の本殿に御神体元親の御神像と共に祀られ、御位牌とも称されている。
讃・奥書・銘文
伝来
写真拓本等
指定の有無
無
保管者
個人保管
保管者住所1
高知市
保管者住所2
保管者X
133.54208
保管者Y
33.49831
表示地理情報
33.49831,133.54208
所有者
個人所有
所有者住所1
高知市
所有者住所2
所有者X
133.54208
所有者Y
33.49831
備考
調査年月日
昭和48年2月10日
調査者
広谷喜十郎
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示
空間情報