元寇遺跡(3)佐須浦

都道府県名
長崎
数量
発掘地
長崎県下県郡厳原町
時代(**時代)
鎌倉時代
時代(**時代)②
鎌倉時代
時代(区分)
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
品質
形状
八幡愚童訓に文永11年10月5日の「申剋対馬ノ西ノ面サスノ浦ニ異国ノ船四百五十艇に艘ニ三万人乗テ寄来ル」とあり、日蓮註画讃にも同様の記事がある。共に史料的價は充分でないにせよ、他に之に代る正確な史料なき今日、佐須浦を文永の役の古戦場と見る外はない。然も、何処をそれと認むべきかについても諸説あるにせよ正確な徴証はなく、主として地形より敢えて推定を試みるに、小茂田地区は急峻な山容、土砂の堆積、干拓の歴史よりしても、この地区は古くは海で、その海は更に深く佐須川を上り、漸く現在の金田小中学校附近に至って水辺に平地を見出した位であろう。恐らく、この辺りを中心として、彼我の戦闘は展開されたであろうと思われ、従って、所謂佐須浦は現在の小中学校附近の平地を中心とする地域かと思われる。
讃・奥書・銘文
伝来
写真拓本等
指定の有無
保管者
保管者住所1
保管者住所2
保管者X
保管者Y
表示地理情報
,
所有者
所有者住所1
所有者住所2
所有者X
所有者Y
備考
対馬では古くより小茂内浜を文永の古戦場として来たが、その当らぬことは■対馬誌や永留氏の対馬の古跡でも否定されている。
調査年月日
昭和47年12月10日
調査者
小島小五郎
IIIFマニフェスト
サムネイル
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