金田城跡

都道府県名
長崎
数量
発掘地
長崎県下県郡美島町黒瀬字城山
時代(**時代)
飛鳥時代
時代(**時代)②
飛鳥時代
時代(区分)
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
品質
金田城址は浅茅湾に臨み、標高275m、北に向かって急峻な崖をなし、湾口より遠く朝鮮方面を望む。南麓は標高20mの狭間となり、城戸と称し後背地との連絡路をなし、呼崎の西南部に僅かな平地あり、地名蔵内よりしても城の1部をなしたと思われる。朝鮮式山城で山腹に石垣が隠見し石垣の高さ平均1.5m-2.0m、全長543m、1の木戸は東北に面して海に臨み櫓状の石垣をなし、2の木戸、3の木戸付近の城壁は破損しているが門の跡があり、とぼそ石も見られる。
形状
讃・奥書・銘文
伝来
日本書紀天智天皇6年条に見えて有名な、高安城、屋嶋城と共に築かれた金田城の跡で、百済の亡命者達の指導のよって築かれたと知られている。
写真拓本等
指定の有無
対馬城山の名称で長崎県指定史跡 昭37.11.8
保管者
長崎県下県郡美津島町(町長 酒井豊)
保管者住所1
長崎県下県郡美島町
保管者住所2
大字雞知
保管者X
129.31219
保管者Y
34.26395
表示地理情報
34.26395,129.31219
所有者
長崎県下県郡美津島町(町長 酒井豊)
所有者住所1
長崎県下県郡美島町
所有者住所2
所有者X
129.31219
所有者Y
34.26395
備考
金田城の跡は厳原町佐須の金田之隈なりとの説もあるが、地名のみで全く遺構を見ず、対馬で古くより黒瀬の城山とよばれ来ったこの遺構が金田城跡として妥当である。
調査年月日
昭和47年12月11日
調査者
小島小五郎
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示
空間情報