壺棺
| FileID | 22848017 |
|---|---|
| 都道府県 | 兵庫 |
| 資料名_遺物遺構名 | 壺棺 |
| 寸法 | 高さ 34cm, 口径 20cm, 底部径 7.5cm |
| 点数 | 1 |
| 伴出遺物 | |
| 時代 | 弥生時代 |
| 時代修正 | 弥生時代 |
| 時代(区分) | 古代 |
| 時代(世紀) | |
| 時代 | |
| 所蔵_保管者 | 尼崎市教育委員会 教育長(足立恭三) |
| 所蔵住所_市区町村 | 尼崎市 |
| 所蔵住所詳細 | 東七松町1-23-1 |
| 所蔵者緯度 | 34.73367 |
| 所蔵者経度 | 135.40654 |
| 所有者 | |
| 所有者住所_市区町村 | |
| 所有者住所詳細 | |
| 所有者緯度 | |
| 所有者経度 | |
| 遺跡名 | 田能遺跡 |
| 遺跡所在地_市町村 | 兵庫県尼崎市 |
| 遺跡所在地詳細 | 田能字中ノ坪 |
| 遺跡緯度 | 34.76572 |
| 遺跡経度 | 135.43173 |
| 遺跡自治体コード | 28202 |
| 遺跡の概要 | 標高6mの西摂平野のほぼ中央にあり、東流する猪名川左岸に接している。昭和40~41年にかけての発掘によって、遺跡は弥生時代のほぼ全期間にわたる集落址であり、東西110m南北120m以上の規模をもつことが確認された。三軒の住居址と数千に及ぶ小穴が検出され、集落内からは弥生時代中期の壷棺、甕棺をはじめ、後期以降と推定される土壙墓、木棺墓も検出された。 |
| 発掘調査者 | 尼崎市田能遺跡発掘調査委員会(村川行弘) |
| 参考文献 | 尼崎市教育委員会、尼崎市田能遺跡発掘調査委員会「田能遺跡概報」 昭和42年
尼崎市教育委員会 「田能遺跡発掘調査報告書I」 昭和47年 |
| 遺物_遺構の現状 | 第III様式の壷を棺とし、大形壷の下半部を蓋としていた。
棺内には、胎児あるいは乳児骨が残されていた。
壷は明るい肌色を呈し、櫛描き直線文と波紋文によって飾られている。
小破片に破損したものを接合、石膏による補修がしてあるため、移動には注意する必要がある。
第20号壷棺と呼称 |
| 備考 | 田能資料館に展示中
土器については、中期弥生式のカード参照のこと。 |
| 指定の有無 | 未指定 |
| IIIFマニフェスト | |
| サムネイル | |
| 入力備考欄 | |
| 調査者 | 福井英治 武藤誠 |
| 調査年月日 | 昭和49年2月1日 |
| 権利表示 |