「武田二十四将図」

都道府県名
山梨
数量
一幅
発掘地
時代(**時代)
江戸時代
時代(**時代)②
江戸時代
時代(区分)
時代(元号など)
西暦年
西暦年
時代(和暦)
作者
法量
縦99.1cm 横54.6cm 総縦177cm 総横60.5cm
品質
紙本着色
形状
掛幅装 武田二十四將の図は江戸中期以降浮世絵の版行により流行しはじめたといわれるが、多くは領主武田信玄を中心として二十四將の埣を従えた形式である。この絵は信玄を含めて二十四將の図であり、その配列も類型的ではないことなど比較的古いものであろう。絵師は石湖とあるが詳細は不明、筆は一人一人に特徴を表わし華やかな色彩をもつ精巧なものである。とくに中心の信玄の左ななめ上に武田玄蕃入道梅雪を描き信玄に語りかけるような図柄をみせているところなど梅雪の旧領河内地方に残されている二十四將図として興味あるものである。
讃・奥書・銘文
伝来
写真拓本等
指定の有無
未指定
保管者
個人保管
保管者住所1
山梨県南巨摩郡身延町
保管者住所2
保管者X
138.42996
保管者Y
35.41472
表示地理情報
35.41472,138.42996
所有者
個人所有
所有者住所1
山梨県南巨摩郡身延町
所有者住所2
所有者X
138.42996
所有者Y
35.41472
備考
調査年月日
昭和47年12月8日
調査者
斉藤典男
IIIFマニフェスト
サムネイル
権利表示
空間情報